七代、250年続く養和堂は、日本に唯一中国中医学の名門です。その代々続く東洋医学技術は、中国では「施氏傷科」と謂われます。「傷科」中国中医学では西洋医学の整形外科と相当します。「施氏傷科」は中国中医界最高レベルの七大流派の一つで、国の重要無形文化財産として早急に継承しなくてはならないと中国政府にも認定されています。

養和堂東洋医学術は中国清の時代からはじめ、7代続く歴史を持っている。5代目の施維智先生東西医学の融合を研究し、西洋医学の技術を東洋医学臨床に応用し、この結果を認められ、中国東洋医学の代表的な名医になりました。6代目、7代目は西洋医学の大学卒業し、西洋現代医学の観点から東洋医学を再研究し、東洋医学さらに発展させように努力しています。


養和堂の七代


初代 施鎮倉

二代 端葵

三代 秀康

<中医人物詞典>収録

上海辞書出版社

中国中医研究院中国医史文献研究所主編

中国4000年歴史中記録がある名医の紹介


四代 源昌 (1889~1959)

清末、中国通州専門学校(今中国南通医科大学の前身) 卒業後、初めて接触した西洋医学を家伝の東洋医学に取り込んで、家伝の東洋医学技術を発展させました。<中医人物詞典>に収録。


五代 維智 (1917~1999)

東洋医学の理論と治療法の研究し、成果を認められ、十数回中国衛生部と上海市政府に表彰されました。歴任中国中医学会顧門、上海中医学会骨、傷分会会長、名誉会長、上海中医薬大学専門家委員会名誉委員、上海香山中医病院名誉院長、中国中医研究院客籍教授など要職、1991年中国国務院人事部、衛生部、国家中医薬管理局認定初の早急継承しなければならない名老中医、92年から国家の重要文化財産として政府特別金をもらい、近代中国東洋医学界代表的な名医と評価されました。


六代 述祖 (1948~1986)

上海第2医科大学付属瑞金病院整形外科医師


七代 徐豊 (学院長)

祖父に東洋医学を勉強する同時に、1987年西洋医学の蘇州大学医学部卒業、1987年~1994年上海第六病院救急救命センターの医師

1996年名古屋大学医学部大学院研究生

1997年~2001年名古屋大学医学部大学院博士課程

2001年~2004年名古屋大学医学部大学院外国研究員

養和堂七代目として、西洋と東洋の医学を融合した一指禅整筋法を開発。


養和堂の活動(1992年台湾某テレビ局の中国大陸紹介する番組の映像)


養和堂の医術は中国では最高レベルと評価され、中国国内各地臨床医は養和堂家伝の東洋医術を研修にきました


養和堂の医術の臨床研修


その医術は代々継承をしています。

学院長は祖父のもとで東洋医学を勉強する時の写真

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